リトグラフとハートの美術

私が、リトグラフという言葉に初めて出会ったのは、華やかな色彩のカーニバル作品のヒロヤマガタ氏のシルクスクリーン画風からでした。
当時の私は、版画といえば中学時代のイモ版画のレベルであり、絵画ともなれば絵筆オンリーの固定観念から抜け出せないタイプでした。
シルクスクリーン(布版画)とリトグラフ(石版画)の違いについて知ったのも、しばらく経過してからのことでした。
けれども、なんとなくそれとなく、ヤマガタ氏やトーマスマックナイト氏やケリーハーレム氏のポスターを私の部屋壁にお気に入りインテリアにしていました。
ただ、彼らの版画作品がリトグラフなのかシルクなのかは識別不能だったけれども。
しかし、アートにとって、最も大切なことは、リトグラフかシルクスクリーンかではなくて、ピカソ絵画テーマの生きる勇気のダイナミズムやマチス絵画ベースの心の癒やしのような普遍性と推察されます。
文学は人間や社会のドロドロ部分を表現するのに適しています。
一方、美術は美しいものを私達に描いててくれるのに役立つと言えます。
現代社会は、グローバリズムのウェーブの中で、倦怠・喪失・埋没・憂鬱・貧困・争奪・怠慢・裏切・戦争・拝金などと果てなき社会問題を抱えています。
されど、私達は、影部分の厳しき現実に対しても、光部分の美しき世界を描き続ける「ハートの美術(館)」の存在は極めて大切な位置付けにすべきと考えられます。

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